空手の技術研究

月刊空手道にて好評連載中!【空手技術開発プロジェクト】 未だ明かされなかった空手の極意・秘術・奥義が今ここで・・・!

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月刊空手道連載用 特別編 第50話 伝統空手特有の極めとは何か

極めとは、・・・の産物である。
腕や足をただ振り回す。殴り合う。蹴り合う。これでは格闘技以上のものに成りえない。武道・武術は、奥が深い。相手にどのようなダメージをあたえるかまで想定した攻撃や受けを繰り出す。ただの殺人術と勘違いしてもらっては、悲しすぎる。日本人の心。伝統文化がぎゅっと詰まっているのが、武道としての伝統空手である。
体の伸縮・力の強弱・技の緩急、技の道・気迫・気構え・スピード・角度・呼吸・タイミング・目線・腰の切れ・引き手・運足・転身・指や手首や足首の締め、全ての・・・する。
肉を切らせて、骨を断つ。という言葉がある。空手の極めとは、その辺の所が自由自在にコントロールできる。どういう事か。それは、外傷を与えるだけの結果を作ること。ただ一瞬に気絶させること。骨を折ること。内臓破裂させること。痛みを与えること。呼吸困難にさせること。全ての目的と結果を操れる。極めのない技は、目的と結果が大雑把で、技を繰り出す本人が思いもしなかった予想外の結果を引き起こす。だから素人は危険なのである。空手の極めを会得するということは、心をコントロールし、予想通りの結果を引き起こせるようになるということである。だから、心に余裕ができ、人に優しくなれる。本当の意味での強さを身に付ける。ということである。

宮本武蔵の五輪の書。我々の空手にぴったりと通ずる。佐々木小次郎との巌流島の決闘が有名なので、彼は武士であった。というだけのイメージが強いであろう。しかし彼の武術は、兵法で培われていると言うことは、あまり知られていない。彼は、あらゆる場所や環境での戦いを勝ち残り生き抜いた。一人対百人。かと思えば、家屋の中での立ち位置などまで計算された戦法も書き記している。結果の身のこなしは、我々と同じ。剣を用いるのか、己の体を剣とするのかの違いだけである。そういう意味での身体操作は、我々の方が優れていなければならない。極めは、・・・の産物である。
その素晴らしい産物を身に付けるために、我々は、日々稽古に励んでいるのである。宮本武蔵は剣の達人であり、我々は極めの達人である。
極めのない技は、空手の技ではない。我々にとっての空手は、一生修行の道である。試合や昇級・昇段審査、合宿や強化稽古など、極端な話、日常生活全てもが稽古の一環であり、修行なのです。ましてや、試合が全てだと勘違いしてしまっては、そのルールのスポーツ競技にしか、最高のパフォーマンスは発揮されえない。
空手は、奥が深い。武士道精神がぎゅっと詰まった、日本人が自信を持って世界に誇る伝統文化である。
この素晴らしい伝統文化の内から、技術開発の進化を起こす訳である。



(イメージ図及び、…の部分の説明をご覧になりたい方は、“月刊空手道”VOL.476、2010年2月号の連載記事、“空手技術開発プロジェクト”を、ご覧ください。)

第51話につづく。

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テーマ:空手 - ジャンル:スポーツ

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